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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)9273号 判決

被告 同栄信用金庫

理由

一、株式会社鈴木菓子機械製作所の債務

(一)  訴外株式会社鈴木菓子機械製作所(以下「訴外会社」という。)が被告から、昭和三二年四月一〇日より同年六月頃までの間に、請求の原因第一項のとおり、一一口元本合計金七、一八三、五六〇円の貸付を受けたこと、その元利合計が同年九月一三日当時金七、三六二、九七四円となつたことは、当事者間に争がない。

(二)  また、訴外会社が訴外中小企業金融公庫(以下「訴外公庫」という。)から、昭和三一年四月九日金四〇〇万円(これを第一次貸付という。)及び昭和三二年四月二日金一七〇万円(これを第二次貸付という。)を、その代理店である被告を通じて借り受け、昭和三二年九月一三日当時第一次貸付の元本及び利息残金が合計金八九四、五五二円となり、第二次貸付の元利金残金が合計金一、七〇五、八五〇円となつたことは、当事者間に争がない。

二、原告の連帯保証債務

(一)  原告が昭和三一年一二月一日から昭和三二年六月七日までの間訴外会社の代表取締役であつたこと、昭和三二年一月三一日被告に対し、訴外会社の被告に対する前記借入金債務について連帯保証をしたことは、当事者間に争がない。従つて、昭和三二年九月一三日当時原告が被告に対して負担していた保証債務の金額は、主たる債務と同様金七、三六二、九四七円であつたことになる。

(二)  また、原告が訴外公庫の訴外会社に対する第二次貸付について連帯保証をしたことも、当事者間に争がない。被告は原告が訴外公庫の第一次貸付についても連帯保証をしたと主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はない。

もつとも、証人永滝要はこの主張に沿うような供述をしているが、この供述は信用することができない。けだし、金融機関が金銭の貸付を行うに際し、第三者に連帯保証をさせる場合には、ほとんど例外なしに詳細な約款の記載のある契約書を作成するのが通則であり、現に訴外公庫の第二次貸付について契約書が作成されていることは、成立に争のない甲第一号証、甲第四号証、甲第五号証によつて明らかであるところ、訴外公庫の第一次貸付については、本件全書証によつても、原告との連帯保証契約を記載した契約書を見出すことができないからである。

三、担保の設定

(一)  訴外会社が、訴外鈴木常造、鈴木ナヲ、高井静江とともに訴外公庫の前記第一次貸付に対して別紙目録(一)の土地建物について、共同担保として第一順位の抵当権を設定したこと、前記第二次貸付に対して同じ物件に共同担保として第二順位の抵当権を設定したこと、第一次及び第二次貸付について、それぞれ別紙目録(二)記載の機械類に訴外会社と訴外公庫との間で譲渡担保契約が締結されていたことは、当事者間に争がない。

(二)  また、被告が昭和三二年六月二六日訴外会社との間で、貸付極度額を金八七〇万円とする金員貸付契約を締結したこと、訴外会社が鈴木常造、鈴木ナヲ、高井静江とともにその担保のために、別紙目録(一)の土地建物について第三順位の根抵当権を設定し、別紙目録(二)の機械類を工場抵当法第三条に基いて、共同担保として根抵当権の目的に加え、同年七月一二日これらの登記をしたことは、当事者間に争がない。

四、訴外公庫に対する弁済

原告が請求の原因第四項のとおり、訴外会社の訴外公庫に対する債務について、その代理店である被告を通じ訴外公庫に対して第一次貸付残金八八八、〇三九円、第二次貸付残金一、八一七、三一七円を支払い、訴外公庫の第一次及び第二次貸付元利金合計金二、七〇五、三五六円がすべて弁済されたことは、当事者間に争がない。

五、被告に対する弁済

(一)  成立に争のない甲第七号証、甲第三八号証、甲第四二号証の一から四まで、証人石川徳一の証言の一部及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

原告は、訴外会社が昭和三二年六月二〇日頃不渡手形を出してから、連帯保証人として、なるべく早く弁済をするために、昭和三二年九月一三日被告渋谷支店において、訴外会社の預金債権額と被告の貸付金の元利合計を明示するよう求めたところ、同店貸付係長石川徳一及び同店次長野地耕一は、伝票により貸付金七三六二、九七四円と預金二、八八七、六七六円とそれぞれ額を示し、その差額金四、四七五、二九八円を連帯保証人として弁済すべき旨原告に指示した。

そして、成立に争のない甲第一号証によれば、被告と訴外会社との間には被告が債権者として債権回収の必要があるときはいつでも、債務者に対して何らの意思表示を要せずして、預金債権と相殺できる旨の特約があることが認められる。

以上の事実を総合すれば、被告は昭和三二年九月一三日当時貸付金と預金とを相殺したものと推認するのが相当であつて、被告は昭和三四年七月二二日相殺の意思表示をしたのであり、当時の預金額は金二、八六〇、二〇〇円、貸付金額は金六、二九一、八三〇円であつたと主張するけれども、この主張を認めて前記認定をくつがえすに足りる十分な証拠はない。

(二)  訴外会社が被告に対し昭和三三年二月一日金二五万円を支払つたこと、原告が被告に対し同年四月七日金六四一、六二五円を支払つたこと、被告が昭和三四年一月二七日、被告の原告に対する東京地方裁判所昭和三二年(ワ)第五八〇三号約束手形金請求訴訟事件判決の執行力ある正本に基いて、原告の訴外中保貞治に対して有する金七〇五、七〇五円の供託金(東京法務局昭和三四年度金第四二〇七八号)の還付請求権、債権差押及び取立命令(東京地方裁判所昭和三四年(ル)第一二七号(ヲ)、第一七七号)によつてすべて取りたてたことは、当事者間に争がない。

(三)  次に訴外会社が被告に対し昭和三四年四月一七日、東京地方裁判所昭和三四年(ヨ)第一一一五号不動産競売手続停止仮処分事件の保証金四五万円(東京法務局昭和三四年度金第二四七五号)及び同庁同年(モ)第一四八二号不動産競売手続停止及び執行処分取消申立事件の保証金五〇万円(東京法務局昭和三四年度金二四七四号)の各供託金取戻債権を譲渡したことは、当事者間に争がない。

被告は、譲渡を受けた二口の債権について、金四五万円のみを訴外会社の債務に充当し、金五〇万円は訴外高井静江の債務に充当することを、昭和三四年七月二一日原告と被告代理人山崎保一との間で合意したと主張し、証人山崎保一の供述にはこの主張に沿う部分もあるけれども、原告本人尋問の結果と対比するときは直ちにこれを信用することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。してみれば、他に特段の事情の認められない本件においては、前記金四五万円及び金五〇万円はいずれも訴外会社の債務の弁済に充当されたものと推認するのが相当である。

(四)  成立に争のない甲第一八号証の一、甲第一九号証、甲第三二号証、甲第三四号証証人内藤文質の証言の一部及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

訴外会社を債権者とし、原告を債務者とする東京地方裁判所昭和三四年(モ)第五四六四号事件について昭和三四年一一月六日の口頭弁論期日において原告が訴外公庫に対し第一次及び第二次貸付債務を弁済したことに基いて訴外会社に対して求償債権を有すること及び原告が訴外会社に対して別途に貸金債権を有することを訴外会社が確認する旨の裁判上の和解が成立した。そしてその後原告は訴外公庫から抵当権の移転をうけて、競売手続を行い、既に昭和三三年一二月一三日に競落許可決定の確定している別紙目録(一)(2)の末尾の建物(家屋番号世田谷一丁目七九七番)の所有権を取得し、これを訴外内藤文質を介して訴外広田力一に売却し、その売却代金のうち金二〇〇万円を昭和三四年一一月一二日広田をして被告代理人山崎保人に持参させ、原告の保証債務の弁済の一部として支払わせた。

この認定に反する証人山崎保一の供述は、前記諸証拠と対比してみると、同人の誤解によるものと推測され、この認定を左右し難い。

(五)  以上の事実からすれば、被告に対して訴外会社は金四、〇八七、六七六円を弁済し、原告は金三、三四七、三三〇円を弁済したことになる。

そして、原告は訴外会社の債務の連帯保証人として前記の金員を弁済したのであるから、この弁済によつて被告の訴外会社に対する債権について当然代位することができるわけである。

六、担保物の喪失等

(一)  原告は被告が昭和三三年七月八日訴外会社と共謀して工場抵当法による根抵当権の目的となつた別紙目録(二)の機械類を工場から搬出し、これに対する担保権を消滅させたと主張する。しかしながら、前記物件の搬出について被告が共謀したと認めるに足りる証拠はない。のみならず、訴外会社が(二)の機械類について被告のために根抵当権を設定する以前にこれを訴外公庫に対して譲渡担保に供したことは前に述べたとおりである以上、被告に対する根抵当権設定契約そのものが無効であるといわざるを得ない。従つて、原告の主張は採用することができない。

(二)  次に訴外会社が被告のために(一)の土地建物につき経由した第三順位の根抵当権設定登記について被告が昭和三四年一一月一六日弁済を理由として抹消登記を経由したことは、当事者間に争がない。

原告はこれによつて第三順位の根抵当権を失いその結果民法第五〇四条により保証債務を免れたと主張する。しかしながら、さきに認定したとおり、原告が被告に対して最終に弁済したのは昭和三四年一一月一二日であつて、これによつて債権者である被告に代位することができるわけである。してみると、その後同月一六日に至つて被告が根抵当権設定登記を抹消しても、根抵当権は消滅するはずがなく、原告は依然として根抵当権を代位行使することができるのである。従つて、担保が喪失したことにはならないから、原告の保証債務がさかのぼつて免責される余地はあり得ないものといわなければならず、原告の主張は採用するわけにはいかない。

七、結論

よつて、原告の本訴請求はその余の事実を判断するまでもなく失当である。

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